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まつお‐K

Author:まつお‐K
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早速、待っていた”突っ込み”が届きましたので幾つかの追記を・・・

まず、『KMC』についてです(おいっ!)
珊瑚祭の前日に中野サンプラザで倶楽部としての”最初の単独運転会”を行いました。 サンプラザとの因縁の始まりはこの時でした(時系列を明確にしとかんと・・・)
ゲストノートにオノデラさんの名前が有った記憶が・・・(^^)

この時のスケジュールはハードでした。 サンプラザを撤収して数時間後『方南ホール』で設営でした。要するに夜中ですわ! 僕は、駐車場の関係だったか?今は亡き御袋の電動自転車で方南町に行ったんですね。行きは文明の利器を実感したのですが、帰りにバッテリーが切れ・・・文明の利器は死重を付けた重たいだけの自転車と化し・・・実家までに3回有るんですよきつい上り坂が・・・泣きが入りました。(><)

次に『KBMC』についてです。
産声を上げたのがワーゲン祭りというのは合ってますが、第1回の祭り(池袋)で最初の接合展示を行っていました。 第2回の祭りからはテーマを決めた展示を始めました。御存知の通り『沼尻』です。
この時は、地元猪苗代で保存活動をされている阿部なかさん、軽便探訪の新井清彦さんがお見えになりました。 ちなみに第5回までの展示テーマが沼尻。前回の第6回からはオリジナル設定の電化軽便『下電』が始まっています。

『クリクラ』についてです。
僕のいい加減な記憶では『NGJ』の展示と混同してましたが、第1回の時既にクリクラでの別展示有りましたね。部屋の左隅でした(笑) 家元が最初にオリジナルのステッカーを作ったのがこの時でしたね。思い出しました(^^;)
 

それにしても、池袋のあのスペース(一部屋)で良く出来たなぁ~『祭り』(汗)


そうそう、とても重要なのが、前夜祭という名の宴会。
コレが意外と大変。 出席者の掌握から場所選びまで・・・ 特に去年の前夜祭は『軽便讃歌』の流れも加わって収拾がつかなくなり、遠方から来た某参加者に大変な御迷惑を掛けました。 今年の中華屋はどうでしたかね?東京の物価もあれなら許してもらえるかな?(笑)



ムさん・栂森さん・雀坊さん・カワイさん・穴熊さん

コメント有難うございます。この場を借りて・・・

皆さん仰って頂ける程大変だと思ってはやってはいないんですよぉ~(^^) 楽しく無ければやってられません。そして楽しいのはやはり皆さんのお陰です。 前夜祭の時に誰かが言ってた

『コレが軽便祭本番!』

まさしく同感(^^)
 
畑中シェフがよく仰るのですが、『この趣味界の上下とかしがらみとかよく解っていない僕らだから勢いだけで始められたイベント』なんですね。当初は批判的なネガティブな意見が耳に入って来ました・・・。 
きっかけを作ったのは現事務局が中心になってますが、続いているのは参加者の熱意です。 皆さんのお気遣いに調子に乗って言わせて頂ければ、

『ただのお客になりたい!』ということで(笑)


組立終了!
小さくて可愛い!まったりとした工作も良いモンです。色どうすんべ?
href="http://blog-imgs-46.fc2.com/b/o/k/bokujo1204/003_20111010101800.jpg" target="_blank">003_20111010101800.jpg
002_20111010101726.jpgカプラーの中、抜いてます(^^;) 屋根に付けたトルベードベンチレータは、キットのおまけ部品。よく見ると型ズレが酷くて歪んでますが、そのまま使いました。
001_20111010101710.jpg台車枠と救助網は半田でとめて気持~ち強度UP!


祭り記念製品おアルモデルさんにお願いしてる大きな理由は、やはり『組立て易さ!』です。 

今年の『松岡 10t』の作例に過大なる評価を頂いてますが、基本部分は丸っきりいじってません。部品追加によるデティールアップのみですので同じ事をやれば同じ物が出来ると思うんですが・・・(^^;)
コレもはっきり言いますが、実寸データに忠実な模型です。 模型映えする!と当初から言っていた点はちょっとニヤリ!です(^^)


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2011/10/10(月) 09:10 | コメント:6 | トラックバック:0 |
コメント

オノデラ :

2回にわたるエントリー有難うございます。懐かしくもあり考えることもあり、あわてて原点回帰で作業部屋に篭りました。ゲストノートに署名して今はメンバーから離れた某氏から執拗なまでの入会勧誘を受け、KMCのメンバーにならなかったら・・・・豊かな生活を送ることは出来なかったです。

まつお‐K : Re: タイトルなし

オノデラさん
今年も社務所番お疲れ様でした。

>ゲストノートに署名して今はメンバーから離れた某氏から執拗なまでの入会勧誘を受け、KMCのメンバーにならなかったら・・・・豊かな生活を送ることは出来なかったです。

いや、本当ですね。彼のプロデュース手腕が無ければココまで趣味の世界が広がって無かったと思います。彼の夢物語が一つずつ実現して行った・・・
今の『祭り』彼に見て貰いたいと思う事が有ります。

あららぎ : 小史

運営ありがとうございます。感謝です。
中野はシェフのホームであるとともに、牧場さんのお膝元でも。これも大きかったかと・・・中野商工会館例会も後押ししていましたね。

ところで、記憶がゴチャゴチャになる前に
記憶の断片を・・・

オノデラ兄のKMCは、NHK取材の頃、その後沼でデビューだったかと。

KBMCの展開は、池袋の頃。と言うのも、ワーゲンの沼尻ガソが作品展の景品で、シェフから「それ選んでKBMCやろうよ」のお誘いがあったから。このガソは、確か宮下さんがゲット。僕は新黒井をいただきました。

クリクラ発足は、諸さんのKATOでの展覧会の頃。
この道すがら、家元と「Zの足回りで2fがやれるね」が始りでした。
その後、ステッカー配布、第1回池袋での河原のジプシー(トーマ活白、アル成田ガソ)へ続きます。

この中野では、ガソが競作になりました。

家元 : ザ・クリッターズ・クラブは

市谷の模型市の後、意気投合した京王の某さんと拙宅で集まったのが真の始まり。小埜寺兄が社務所のような出店をとおっしゃるのに便乗、祭が2大モジュールだけでは寂しいので、クリクラの名前で出店しました。「ステッカー魂」でシールを作り、レール磨き棒を販売、今年はその袋詰めもできず、6.5ミリパイクもシリーズ4で止まりました。最後になりましたがお疲れ様。

まつお‐K : Re: 小史

アララギさん

有難うございます。
段々と記憶がよみがえって来ます(^^)
河原のジプシーは桟橋からの転落という痛い記憶も・・・(汗)

オノデラさんは、”沼”の前に規格サイズのモジュールを作られてましたね。

まつお‐K : Re: ザ・クリッターズ・クラブは

家元

有難うございます。
クリクラのルーツは更に遡るんですね。
あのレール磨き棒は、良かったです。着眼点が素晴らしい!と言うか・・・今では各所で定番化してます。
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